夢は「願望充足の場」ではなく「願望成就の場」

夢は「願望充足の場」ではなく「願望成就の場」

夢は「願望充足の場」ではなく「願望成就の場」

かの著名な心理学者フロイトは「夢は無意識の王道」と言った。また「夢は願望充足の場である」とも言った。さらにフロイトの弟子アドラーはそれを「自己主張の場」、そしてもう一人の弟子であるユングは「精神を正しく保つための保障作用である」と表現した。私なら新たにこう付け加えよう。「夢は願望成就の場でもある!」と。

すなわち、夢というものは普通、心の中にある何らかの願望が寝ている間に浮かび上がってきて、それが心に表現されたものだともいわれるのだが、ここではもう一歩踏み込んで、「夢を、単なる夢に終わらせず、願望を叶えるための道具として使ってやろう!!」というわけだ。これまでの「なんだ、夢かぁ」というぼやきも、「やった、夢見の感触よし!」という前向きな姿勢で臨みたい。

夢を「願望成就の場」として利用しようとする場合、あなたはまず、叶えたいと思う願望を明確に、そして強く、心の中に描いていないとならない。誰でも願望は多く持っていることだろう。しかし残念なことに、それらに対する意識は散漫になりがちで、なかなか潜在意識にまでは到達できないのである。

もし、あなたの願望が明確であり、また普段からその願望が達成されたシーンが強く心の中に焼き付けられているとするなら、それだけその願望が成就する確率は高くなるのである。

このことは「成功をもたらす信念の魔術」とか「願望を成就させる潜在意識活用術」などとして、今ではよく知られるようになった。

そして、この願望実現のシーンを眠りにつく際に、もう一度心の中に鮮明なイメージとして蘇らせるのである。あなたは、その映像を見ながら、その映像を楽しみながら、眠りにつくだけである。そこには何の不安も、そして恐れもない。

すべては自分が望むイメージなのだ。誰に見せるものでもないのだから遠慮することはないだろう。自分の創り出した願望イメージの中で、とことん楽しめればいいのである。

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